1892 ヴィクトリア女王 ジュビリーヘッド 聖ジョージ竜退治 1ソブリン金貨 未鑑定

・アンティークコインのため、1枚1枚に異なる風合い、変色、摩耗、傷などが見られます。それぞれのコインが持つ個性豊かな表情をご堪能いただけます。

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英国芸術の爛熟期としてのヴィクトリア朝時代

ヴィクトリア女王が統治した1837年から1901年までの64年間は、英国芸術にとっての爛熟期として、絵画を始めとする数多くの歴史に残る傑作を生み出しました。相思相愛の仲で知られ、円満な家庭生活を築いていたヴィクトリア女王とアルバート公爵夫妻に象徴されるように、この時代の芸術には基本的な家庭の平和と、それと正比例して増大する社会的成功を反映する作品が多く、特に絵画分野において英国芸術が開花した重要な条件となっていたことは見逃せません。半世紀以上続いたこの豊穣の時代は、コンスタブル、ターナー、ロセッティ等の錚々たる画家と、約11000人に及ぶ一般の画家を輩出し、英国絵画の最盛期を築き上げました。それらの画家たちが生み出した絵画の魅力によって、一般大衆の芸術への関心は高まり、人々は王立美術院を始めとする美術館で定期的に開催される展覧会に殺到するようになります。また、貴族階級を始めとする富裕層は、英国絵画の立派なコレクションを形成するようになり、それらで私邸に飾る例も多く見受けられました。ヴィクトリア女王自身もパトロンとして多くの英国人芸術家を庇護していましたが、それが芸術家の地位の向上に繋がりました。芸術家たちは特権階級と同等の人脈を形成し、上流階級、特にブルジョア層と深い関わりを持つようになります。これらの事象を背景として、ヴィクトリア朝の英国は、それ以前のいかなる時代であっても比較し得なかったほどの創造性と芸術的成果を体現することになります。ヴィクトリア朝の芸術と言いますと、保守的な道徳観に裏付けられた過剰な装飾、またうわべだけの貴族趣味を連想させることが多いのも確かです。しかし、前世紀以降、興隆期を迎えていた産業革命の恩恵と、社会的変革が構築した複雑な経済的基盤、また英国特有の階級社会によって構成された多種多様な人間模様を反映する描写によって、それまでには無かった独自の芸術様式を形成するようになります。また忘れてはならないことは、ヴィクトリア期の始まりを境に、英国における芸術界は伝統的な保守主義と急進的な信条を基盤とする芸術各派に二分化されるようになったことです。とりわけ後者を代表するラファエル前派は、事物の詳細と真実をありのままに描き出すことを主眼とするグループとして知られており、描かれる人物のいぼやシミに至るまでを忠実に再現するほどのリアリティーを特徴としていました。このように、ヴィクトリア期の芸術界は次第に多様性と個人主義を取り入れるようになり、19世紀の英国独自の複合的な様式感を確立するに至ります。

ヴィクトリア女王の時代に繁栄を謳歌した英国の芸術的成果を体現する傑作コイン

19世紀の英国における造形芸術の分野を見渡しますと、その急激な社会的変革に反応を示す形によって徐々に同時代特有の芸術が形成されていたことが明らかです。英国貨幣の世界もその例外ではなく、特にコインデザインに関しては時代の空気とも言えるロマン主義とリアリズムの双方が密接に関係していたことがよく分かります。今回ご紹介させていただくコインは、ヴィクトリア女王の在位50周年記念「ゴールデンジュビリー」を記念して、1892年にリリースされたソブリン金貨の名品です。50年目の節目を迎えた英国君主のジュビリーを記念する当コインのデザインには、ヴィクトリア期の芸術界が体現したリアリズムを見い出すことが可能です。表面に描かれている女王の長い首が特徴的な当コインは、それまでに流通していた18歳の時の女王の瑞々しさを名匠ウィリアム・ワイオン（1795-1851）が描きだした「ヤングヘッド」と呼ばれる傑作ポートレートを描くコインに代わって新たに発表された、ヴィクトリア朝後期を代表する逸品です。1861年に最愛の夫アルバート公爵に先立たれたヴィクトリア女王は、その後約40年間にわたって喪服を着用していたことが知られていますが、この有名なコイン肖像は、喪服を想起させる肩まで垂れた長いヴェールと、その着用と小柄な女王の体格を考慮して制作された小型の王冠「ダイアモンド・コロネット」の挿入を眼目としています。この歴史的なアクセサリー制作の栄誉に浴したのは、ヴィクトリア期屈指の宝石商「ガラード」であったことが記録に残っています。そして女王の耳と首元には有名な「コロネーション・ダイアモンドネックレスとイヤリング・セット」が見られますが、これらの装飾品は実際の戴冠式で女王が着用していたものではなく、その13年後に制作された戴冠記念の公式肖像制作の際に新規で制作された物とのことです。東インド会社が女王に献上した大粒の希少なダイアモンドを用いてまずネックレスが制作され、それに見合ったイヤリングが後に制作されました。肖像周囲のラテン語碑文は、「神の恩寵によるヴィクトリア・大英帝国女王にして忠誠の守護者」という意味になります。このような格調高い肖像を掲げるコイン表面に見合う裏面デザインは英国貨幣界広しといえどもそう多くはないことと思われます。当1ソブリン金貨の裏面には、表面の「ジュビリーヘッド」発表の70年前に誕生した英国貨幣デザインの粋を極めた名品「聖ジョージの竜退治」が掲げられています。初登場以降、主に英国最高位の法定金貨であるソブリン金貨の裏面に描かれることの多かったこの優れたデザインは、ジョージ王朝時代末期の英国貨幣界に彗星のごとく姿を現し、瞬く間にロイヤルミントにおける地位を確立した稀代の才人ベネデット・ピストゥルッチ（1783－1855）の最高傑作として知られているものです。馬上から悪の権化の竜を槍で退治する聖人の姿は、そのまま国家に忠誠を誓う君主の姿を想起させるものではないでしょうか。19世紀英国最大の芸術的成果とも言える二種の名コインデザインを表裏に刻む当ソブリン金貨は、女王の時代に繁栄を極めた英国の黄金期を象徴する名貨として、長きに渡って珍重されて行くことと思われます。