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【Vol.66 グローバルマクロニュース】突然の辞意表明と静かなる政治テロ

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8月28日(金曜日)の午後2時ごろ、日本中に衝撃が走りました。

安倍総理が辞意を表明したためです。

都内病院への2度の通院から、従前より、健康不安説が囁かれていました。
2度目の通院の後、「今後もしっかり責務を果たす」との、ぶら下がり取材時の言葉もあり、21年9月の任期満了まで職務を続けると思っていた国民が多かったようです。
永田町からの話では、会見前夜に当たる27日夜時点において、異変を感じる党幹部が多かったと聞きます。
翌日の会見において、総理が具体的に何を話すかが自民党幹部にも伝わっていなかったためです。
コロナ対策の今後の全体方針については、会見内容の決定事項として存在していましたが、健康不安説に対する国民への説明については、ベールに包まれたままだったのです。

突発的に反応した市場

午後2時過ぎの突如の辞意表明に日本中が驚き、海外メディアでも様々な報道がなされました。
株式市場も即座に反応しました。
辞意表明を受けて、堅調に推移していた日経平均株価(右)は、ものの数分で前日比600円もの下落を見せました。
アルゴリズム取引を行う機械が「辞意」というフレーズを拾い上げ、大量の先物売りに走ったからだと思われます。
その後、次期総理が誰になろうと、堅調な米国株式市場に日本市場も支えられ、日銀の緩和政策が継続されることは変わらないとの受け止めから、300円ほど値を戻し、前日比約300円安で金曜日の取引を終えました。
夜間取引においても、東京時間の終値から大きく動くことなく土曜日の早朝を迎えており、(当記事を執筆している現在30日、日曜日時点においては)週明けの波乱はなさそうです。
他方の中国A50株式指数は14時の辞意表明を受けて、急速に値を飛ばしました。
安倍総理が米トランプ大統領と親密であり、総理の辞任が日本の対中政策に融和的に働くとの思惑からかもしれません。

点が線となった瞬間

健康不安説が、職務継続不能なレベルのものであるとすれば、これ程までに支持率を低下させた失策にも納得がいきます。

総理は会見において

  • コロナが一定程度の収束傾向をみせている
  • 秋冬の季節性インフルエンザとコロナ対策のガイドラインができた
  • 現時点では、通院時に投与された新薬が効いている
  • いつ病状が再悪化するか不確実であり、政治判断を誤ることを避けたい
  • 辞意を固めた理由として、主に以上4点を挙げました。

筆者が会見を見ていて気になったのは、4点目であります。

「政治判断を誤る」レベルにまで体調が悪化しているということは、「判断能力および精神的にも極限の状態」であることと同義であり、それをご自身の口から述べられたことに驚いたのです。
これまで国民との感覚のズレを表面化させた要因が、(主に経産省3名の)官邸官僚の意見を鵜呑みにしたこと、その安易な判断が精神状態と判断力の低下によるものであるとすれば、全ての点が結ばれ、線となります。


光と影

総理はアベノミクスにおいて、雇用創出や株価の上昇など、経済面で一定の成果を残しました。
また、東京五輪の誘致、米トランプ大統領との親密な関係、そして何より「地球儀を俯瞰する外交と外交力」には目を見張るものがありました。
これは功績として残り、総理の名と共に光を放ち続けるでしょう。
辞任会見において、総理はプロンプターを使わず、自身の言葉で国民に語りかけました。
第二次政権においても、任期途中で職を辞することへの無念さや葛藤は、時につまる言葉の節々から、痛いほど伝わり、心に刺さりました。
国民と心が通じた、久々の会見だったのではないでしょうか。
ただ、ことアベノミクスに関しては、海外経済の回復時期に金融緩和が重なっただけであるとの識者の見解もあり、筆者も一定程度は同意見であります。
また、「桜を見る会」や「森友・加計問題」、「持続化給付金のトンネル発注」など、政権後期においては、あまりにも闇の深い問題が続出しました。
それらが国民の不信を招いたのは紛れもない事実であり、一時30%台にまで低下した支持率が全てを物語っています。

人としてどうなのか

維新の会の最高顧問である橋下氏は、辞任会見において、記者のうち1人だけしか「ねぎらいの言葉」をかけなかったと指摘し、「虚しい」と述べられました。
同日夕刻には、野党議員のツイートが炎上しました。
「大切な時に体を壊す癖がある人物」というフレーズに批判が殺到したのです。
その後、党幹部からの厳重な注意により同日午後11時には謝罪文が投稿されました。
健康問題を手に取り、それを武器として批判を行うのは、人として如何なものかと思います。
筆者も幾度となく、コロナ対策において総理批判を繰り返してきました。
失策の背景に体調問題があったことは、その時点では知る由もなかったものの、「事実を知った以上は、遡及して各判断への評価を再考してもよいのではないか」とも思っています。
「体調管理も政治家の仕事」とは自民党本部のエレベータ内での、記者に対する麻生副総理の発言ですが、総理はご自身で最善と思える判断のもと、国民の生命と安全を第一に考え、身を粉にして限界まで尽くされました。
その情熱と愛国心に敬意を示すと共に、一国民として心から感謝したいと思います。
こうした想いは与野党や政策、右左関係なく、思想哲学の枠を超えて、国民全体に共有されるべきものであると思うのです。

御務めに謝意を、未解明の疑惑にはメスを

英国のサミュエル・スマイルズは、"自助論"において「一国の政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎない。政治家の質は国民の質である。」という有名な一節を遺しました。
正しいと思うことに同意し、間違っていると思うことを指摘し、議論するのは有権者の責務であると思います。
つまり、権利を与えられている以上、建設的な議論や批判を行うのは国民の仕事なのかもしれません。
香港を見れば、民主主義がどれほど尊く、貴重な存在であるかを教えてくれます。
国を愛しているからこそ声をあげ、国を愛するからこそ建設的批判を行うのです。
「批判しても何も変わらないから黙る派」は民主主義の下で与えられた権利を自ら投げ捨てているのと同じかもしれません。
勿論、「批判しても何も変わらないから黙る権利」は存在しています。
ただ、自ら権利を放棄した場合、事が起きたとしても、何かを批判する権利は存在するのでしょうか。
もし、批判しても何も変わらないと思い、他方で情勢を変えたいという熱量があれば、自ら市政・県政・国政に立候補すればいいのです。
私ごとではございますが、この春人生の節目を迎え、次のステージを歩み始めました。
その区切りに誓った事は、これまでの運用を中心とした蓄財から、社会への還元へと、より比重を傾けていくことであります。

いま現在、個人として抱えているいくつかの制約条件から解放されれば、まずはより行政の現場に近い市政などに立候補し、万が一にでも選ばれれば、その後の人生を政治活動に捧げる所存です。
日本を愛し、本来の日本を好きだからこそ、建設的批判を行い、より国民から愛される美しい日本となって欲しいとの想いが、心の泉に溢れています。
不思議なもので、人は自分のためではなく、より全体的かつ崇高な存在に想いを馳せた時、抽象的かつ漠然とではあるものの、極めて新鮮な何かが心に片隅にうまれます。
それは精神を浄化しつつ膨らみ続け、時間の経過とともにその美しさの造形をあらわにします。

そして、言語化されそれは、肉体にまで波及し、驚くような力が湧き上がるのです。
何より、関心を持ち、議論をし、世論が盛り上がり、沸騰し、湯煙が上ってこそはじめて、今の政治家は民意に気付き、問題と真剣に対峙します。
そしてまた、一票を投じることは、自分自身の行動に責任を取ることであります。
「ポスト安倍は安倍である」という白紙委任を続け、代わりを求めなかった国民全体、そして思考停止に陥っていた筆者自身にも大いに反省すべき点があり、自省しています。
いまの安倍総理には、総理の職を辞することを表明したことで解放される問題、そしてこの後も残り続ける問題の両方が存在しています。

故に、御務めと功績には謝意を示し、解明されてない問題にはメスを入れるべきなのです。

揉み消しを図る自民中核派

長期政権がうんだ、膿みや腐敗を解明しないまま、闇に葬ろうとする勢力が自民党主流派の中核に存在します。
次期総裁選びにおいては、正式な「総裁選」と、緊急時に行われる「両院議員総会」の2つが存在していました。

・総裁選
国会議員 396票+地方党員 396票=計792票
選挙期間 12日以上

・両院議員総会
国会議員 396票+都道府県代表 141票=計537票
短期間で選任可能

候補者は安倍総裁の後任的存在である自民主流派と少数派の石破派に大分されます。
そして、石破氏は国民からの信任が厚く、世論調査でも次期総裁の最有力候補となっています。
同氏は、安倍一強体制の中、窓際で干され続けた存在である傍ら、非常に誠実で表裏のない性格、多分野への深い造詣、地方重視の姿勢が高く評価されています。
地方票が多くを占める総選挙を行うことになれば、石破氏が選任される可能性はより高いものとなっていたはずです。
同氏は、立候補への態度を保留しており、両院議員総会の場合は見送る可能性も示唆しています。
「これまで、現政権が蓋をしてきた物事の全て開けていくリスク」、それは自民中核派には脅威そのものです。
故に、両院議員総会へ強引に事を運ぼうとする勢力が多数、水面下で工作活動を行っていたのです。

そして、30日日曜日15時過ぎに速報が入りました。

自民党幹部の話として、臨時国会を9月17日に招集し、衆参両院本会議で首相指名選挙を行う方向で調整に入ったというものです。

成功しつつある自民党主流派の工作活動

どちらの方法を採るかは、二階氏に一任されており、9月1日の総務会において正式決定される予定でした。
ですが、辞任会見のあった28日夜には「両院議員総会」の方向で調整されるとの報道がなされました。
安倍総理の辞任会見を要約すれば、「コロナが一定程度落ち着き、今後の対策が明確にできた。そして、現在では体調も回復している(が今後の体調悪化が懸念)」となります。
であるとするならば、通常の総選挙を行うのが筋であることは、"総理の発言を基にバイアスをかけず推論"しても当然の帰結となります。
ましてや、安倍一強体制で国民の声が届かなくなっていることがコロナ禍で明らかになっている昨今です。
地方や地元の声を吸い上げ、それを政策に活かすという、古き良き自民党に戻るためにも、総裁選が必要だったのです。

さらに、与党内で政権の求心力が低下している以上、全党員に投票の機会が与えられることが好ましいことは自明です。
より民主的な選挙を行うことで、党内に選挙結果に対する納得感が醸成し、それは党としての一体感へと昇華してゆきます。
党員の一体感は、政党としての信任を失いつつある自民党に、新な息吹を吹き込むはずでした。

ですが、彼らは巧妙かつ狡猾です。

両院議員総会への誘導工作に成功した以上、仮に主流派から総理が指名された場合、1年後の総選挙において、裏で"共闘"する工作員たちは、メディアの前で異口同音にこう述べるでしょう。

「現総裁(9月17日に総理として指名される)の手腕により、コロナは収まった」と。

ですが、その頃にはワクチンの接種を国民のほぼ全てが終え、コロナが収束していることは、現時点においてでさえ、誰の目にも明らかなのです。

国民の政治に対する「意識レベル」はコロナを契機に、かつてない程高まっています。

総務会をはじめとした自民党主流派の目論見も全て見抜かれていることが、SNSや各メディア、個人ブログからでさえ伝わります。
コロナを口実に全てを煙に巻き、煙幕で国民の目をごまかそうとも、臨時国会にて選ばれる新総理の任期は1年のみです。
国民の声をより反映した、"民主的な総裁選"こそが、今の日本、そして今の自民党に必要な次期トップ選びの理想的な手段でありました。

"静かなる政治テロ"とも言える揉み消しを試みたとしても、1年後の総裁選で痛い目を見るのは水面下で"共闘"している自民党"中核派"彼ら自身なのかもしれません。