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【特別コラム】ダイアナ元妃の60回目の誕生日に際して

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本日は「英国の薔薇」ダイアナ元妃の60回目の誕生日。

そして1997年突然の逝去からはやくも24年が過ぎ、英国では生誕60周年を記念してケンジントン宮殿のサンケン・ガーデンでダイアナ元妃の銅像が設置され、本日除幕式が執り行われます。

コインパレスでは追悼の意、そして生誕60周年への祝意を込めまして、特別コラムを配信させて頂きます。

ダイアナ元妃がどのような人物で英国や日本にどのような影響があったのか。
どうぞ最後まで御覧ください。

全世界が息を呑んで見守った「英国の薔薇」の最期

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1997年8月31日、夏の名残りの薔薇の最期を告げる速報が全世界を駆け抜けます。

その薔薇の名前はダイアナ元英国皇太子妃。花の都パリでの突然の逝去のニュースとともに苦い涙の雨が全世界に降り注ぎます。

その時からはや24年の歳月が流れました。

今なお我々の前には生前の元妃の大輪の華のような楚々とした姿があり、世界を満たした慈しみの心が空中を浮遊しているかの如くです。

本年2021年は元妃の生誕60周年ということで、コロナ渦の世の中ではあるものの、世界中で追悼行事が予定されています。

各界の著名人と交流があったダイアナ元妃ですが、中でも英国を代表するポップスター、エルトン・ジョンとの交友関係は生前からつとに知られていました。

晴れ渡る初秋のイングランドの空の下に迎えた9月6日の元妃の葬儀は、英国国教会のお膝元ウェストミンスター寺院にて執り行われました。

エリザベス2世ご臨席のもと、準国葬として行われた式は、元英国皇太子妃の身位に相応しい荘重なるものでした。

そして次の瞬間に、葬儀の参列者の一人であったエルトン・ジョンが用意されていたピアノの前に進み、生前の元妃の人柄を偲ぶ一曲を披露しました。

その曲のタイトルは「さらば英国の薔薇」。

ウェストミンスター寺院の高い天井に響き渡るそのしみじみとした歌声に三たび世界が涙した忘れることの出来ない瞬間でした。

そしてこの世にも美しい楽曲のメロディーとともに、ダイアナ元妃の存在は永遠となりました。

親しみやすい実在の人物としての存在を印象付けた生涯3度にわたる来日

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1997年の突然の逝去によって、雲の彼方に遠ざかって行ったように感じられるダイアナ元妃。

事故による逝去であったためもあり、元妃の生前の存在そのものが封印されている感は否めません。

しかし我々日本人にとっては、数回の来日によって親しみがあり、過去に来日した英国王室のメンバーの中は今でも最も身近な存在として記憶されています。

最初は1986年の公式訪問、2度目は1990年の天皇の即位の礼への出席、
そして3度目は1995年の英国赤十字社副会長としての来日、と生涯3度にわたる来日を実現しています。

とりわけ1986年の初来日時には、「ダイアナ・フィーバー」と称する一種の社会現象を巻き起こしたことが記憶に新しく残っています。

3度目は公式訪問ではなく、単独での来日でした。

英国赤十字社の代表としての献身的公務については、それ以前から我が国でもよく知られていましたが、
1995年の来日時には日赤病院や福祉施設の訪問を通じて、日本と英国の架け橋としての役割を果たされていたのが印象に残っています。

学生時代にも学校の近くの養護施設へ頻繁に出向き、多岐にわたる交流を通じて入所者とどう向き合うかを常に模索していたとされる若き日のダイアナ元妃。

数日間の日程ではありましたが、この3度目の来日こそ実は日本人が元妃の真の慈悲心を最も強く感じ取った時間であったのではないでしょうか。

時代の最先端を行くファッション・リーダーとしての皇太子妃時代

世界はなぜダイアナ元妃に注目し、その動向を追いかけたのでしょうか。

英国屈指の名門一族スペンサー伯爵家の令嬢として生まれた元妃は、同時に一人の美しい女性でもありました。

世界が初めて元妃の美しさに陶酔したのは、1981年7月29日にセント・ポール大聖堂で挙行されたチャールズ皇太子との結婚式当日でした。

全世界から集結した王侯貴族や政治家、またテレビ中継を通じて式を見守った民衆に惜しげもなく披露されたその神々しい美しさは語り草となっています。

式当日に元妃が着用していた英国製ドレスもまた伝説的で、裾の長さは英国史上最長の7.5メートルに達していました。

また頭上のティアラは実家のスペンサー伯爵家伝来の由緒あるダイアモンド製で、名門貴族出身の元妃の出自を印象付ける役割を担っていました。

そして当日の主役であった元妃のベールの向こう側には、静かな微笑みを湛えながらも力強い意志の力を感じさせる表情が覗き、英国皇太子妃としての風格を存分に漂わせていました。

その瞬間、バージンロードを進む元妃の姿に全世界が恋に落ちたのも無理はありません。

その後、元妃が全世界的な公務を展開したことはよく知られていますが、いかに元妃が身だしなみに神経をとがらせ、自身を美しく見せるための究極の配慮を怠らなかったかは意外と知られていないのが実状です。

元妃は自身の写真が掲載されている雑誌の切り抜きをスクラップし、どうすればモデルのように美しく振舞うことが出来、より効果的に写真を撮らせることが出来るかを完璧に心得ていたと伝えられています。

その涙ぐましい努力は全て美のため、人を感動させるために惜しげもなく捧げられました。

そして人類は今後もこの一輪の「英国の薔薇」の面影を決して忘れることは無いでしょう。

改めまして、ダイアナ元妃の生誕60周年に対し、そして生前の元妃の高く掲げられた崇高なる美意識に衷心からの敬意を捧げたいと思います。