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ロイヤルミント「スリーグレーセス」のメイキングビデオから読み取れる背景

皆さまこんにちは、コインパレスの室田でございます。
いつもコインパレスブログをご覧頂き、誠にありがとうございます。

スリーグレーセス販売開始直後から多くのお客様にお問い合わせ・ご注文を頂き、重ねて御礼申し上げます。

まだ数点用意がございますので、引き続きご連絡お待ち申し上げます。

本日はリリースに伴ってロイヤルミントがYouTubeで公開したスリーグレーセスのメイキングビデオにて、コイン発行の歴史的背景やデザインにまつわる話が明らかとなりましたので、私の解釈も含めて綴りたく存じます。

スリーグレーセスメイキングビデオ

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The Royal Mint [The Three Graces] https://www.youtube.com/watch?v=Q6pueHaLfSw

まずもってこの3分09秒のごく短い動画が、ある過去の偉大なる芸術家の生涯と彼の熱意ある仕事に完全に捧げられているものであることを確認することができました。

その人物の名は他でもない一世一代の才人ウィリアム・ワイオンです。

21歳でロンドンのロイヤルミントの見習いとなった彼は、コイン彫刻家王朝の一員として誕生します。
彼の叔父トマス、その息子で彼の従兄のトマス・ジュニア、そして彼の最愛の息子レナードは全員ロイヤルミントにてこの神聖な仕事に従事することを誇りとした真の芸術家たちでした。

そんな芸術家一族に生まれたウィリアムがこの分野で頭角を現すに至るのは時間の問題であったはずです。
謙虚でありながらも野心的なこの若い彫刻家の卵が最初に掴んだチャンスがまさにこの1817年に発表された「スリーグレーセス」の制作の依頼でした。

ちょうどその前年にロイヤルミントでの彼の先輩彫刻家であったイタリアの鬼才ピストゥルッチがハーフ・クラウン銀貨を発表し、賛否両論の一大センセーションを巻き起こしていた矢先のことでした。

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19世紀前半のイングランドでは大陸の流行に後れること約20年、ようやく新古典主義隆盛の兆しが見え始めていた頃のことです。
それまでの装飾過多なスタイルは顧みられず、古代ギリシャ・ローマ風の自由な空気に支えられたダイナミックかつ左右対称なデザインが尊ばれる気風が芽生えつつありました。
その新たな息吹を感受性豊かなワイオンが見逃す訳はありませんでした。

そしてこのヨーロッパ大陸からもたらされた新しいスタイルは、このジョージ王朝時代末期の時代精神を反映する鏡としての機能を果たし、英国文化との自然な融合を実現します。

ナポレオン戦争後の英国の荒廃した社会が希っていたのは実にこの古代人たちの自由闊達な気風であったに違いなく、その空気を吸収し自身の創造性に還元し得たのはひとえにワイオンの天与の才能の賜物ではなかったでしょうか。

この点において紛れもなくワイオンの初期の傑作であるこの「スリーグレーセス」こそ彼の最初期の出生作であると同時に、彼の古典的芸術性の証となった記念すべき処女作であると言えます。

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この作品が誕生した時代背景を分析する時、当時一世を風靡していたある"事件"に遭遇します。

古くは18世紀に始まった貴族社会の習慣「グランドツアー」は、ヨーロッパ大陸を古典教育に最適の場と見なし(特に歴史的に見て高度な古代文明の発祥と見なされていたギリシャとイタリアは別格扱いでした)、貴族の青年たちが知性と教養を磨くための贅を極めた大旅行として知られ、当時の英国上流社会の一大イベントとして歴史に足跡を残しています。

旅行自体はその後数々の非難を浴び下火になったものの、貴族たちが大陸から母国に持ち帰ったものは数々の遺跡や美術品の範疇に留まらず、当時大陸で流行していた思想や風習をも英国にもたらし、19世紀の英国社会に衝撃を与えるとともに古代文明に対する一般英国民の認識を深めることに貢献します。

ワイオンがロイヤルミントで勤務し始めた19世紀前半はまさにこのグランドツアーの黄昏の時期に差し掛かっていました。

ナポレオン戦争によって中断を余儀なくされたこの上流階級独自の教育システムであるグランドツアーは、その後階級の分け隔てなく、新興ブルジョア階級を含むあらゆる階層の英国人が言語と共にヨーロッパ古代文明を吸収し礼賛する礎となったのみならず、来るヴィクトリア時代の文化芸術全般にとってのインスピレーションの源となったことは大英帝国文化史を理解する上で特に重要な鍵です。

ワイオンがこの「スリーグレーセス」で表現したかったのは、おそらくこの「古典性への回帰」あるいは「古典美への憧憬」ではなかったでしょうか。

それはともかく、視覚的に見てもこの「スリーグレーセス」は古典美溢れる端正な顔をしているとつくづく思います。動画中にも入念な説明があったように、この作品の主題はギリシャ神話に題材を求めています。

ギリシャ神話の最高神ゼウスの3人の娘たち、アグライアー、エウプロシュネー、そしてタレイアが描かれており、それぞれ愛、慎み、そして美を象徴する女神であることが力説されていました。

当時全ヨーロッパ的な人気を博していたイタリアの彫刻家アントニオ・カノーヴァの三美神像は数々のバージョンが現在も多くの美術館・博物館に残されていますが、これらの優れた彫刻群から同時代人のワイオンが仮に間接的にであっても全く影響を受けなかったと考えるほうが不自然なほどです。

問題はカノーヴァの創造した三次元世界をいかにしてコインという二次元世界に移し替え、再構築するかが若きワイオンにとってのコイン彫刻家としての最大の試練かつ挑戦であったのではないでしょうか。

幸運にもその試練は見事に克服され、彼の生まれながらの美意識は絶妙なバランス感覚を伴ってこの「スリーグレーセス」のデザインにおいて見事に開花したということは現代の我々が観る通りです。

この動画は最初に申し上げました通り、稀代の天才ワイオンの偉業を全面的に称賛してはいるものの、決してそれのみに終始しているわけではありません。

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動画のナレーションを務め、この度の「偉大なる彫刻家シリーズ」第2弾「スリーグレーセス」の世紀のリマスターを一任されたロイヤルミントの主任彫刻家、ゴードン・サマーズ自身にも焦点が当てられていることは、誠に喜ばしいことと思われます。

若干27歳にしてロイヤルミントのクリエイティブ・チームの一員となり、その後20年以上にわたって同ミントで活躍した来歴が動画でも彼自身の言葉で語られていましたが、彼の仕事に対する熱意と、ワイオンを含む彼にとっての偉大なる先人たちへの敬意が感じられる点がこの動画の後半最大の見どころであることは間違いありません。

この度の「スリーグレーセス」のリマスター工程が映像的に紹介され、臨場感あふれる個々の作業の様子が見事にクローズアップされています。
特に重要なオリジナルコインのスキャニングと表面の研磨作業のシーンでは、ロイヤルミントの職人たちのプロフェッショナリズムを感じさせる作業姿が注目に値します。

英国伝統のお家芸とも呼べるコイン製造を最新技術を駆使した美しい映像によって目の当たりにできるということは何と幸運で21世紀的な贅沢でしょうか。

特筆すべきは同リマスター最重量級コインである5キロ金貨の製造過程の鮮烈な映像です。現存する18世紀のオリジナルは銀貨が殆どですが、これは世界初の「スリーグレーセス」5キロ試作金貨誕生の歴史的な瞬間の記録です。

「歴史によってインスパイアされ、天才によって触れられ、そしてロイヤルミントによって創造される」というラストのフレーズは、先人たちが築き上げた英国の偉大なる過去に対するロイヤルミントの謙虚なまでのオマージュとストイックな職人魂を同時に感じさせる自信に満ちた感動の言葉です。

今回の「スリーグレーセス」の歴史的誕生を喜ぶと同時に、ロイヤルミントによるこの快挙に対し心からの讃辞を贈りたいと思うほど、この3分09秒の貴重な映像は空前絶後の傑作コインの過去と未来を表現し尽くす力強いメッセージを現代に生きる我々に投げかけています。